遺跡とは、魔法技術が発達する以前から存在した、科学技術によって栄えた時代の建築物だ。深い地底や海中に没している上に、強固な外壁に守られ進入が困難なことから、発見された遺跡のうち大半が手付かずになっているという。
 一方で遺跡の中から発見された遺物も少なくない。特に『機械』ほど認知度の高い遺物は存在しないだろう。
 機械は、当時のことを表す代名詞のように使われるほど有名な技術だ。金属の集合体で体を成し、魔力以外のエネルギーで動作可能な科学技術の結晶体。長年の研究の結果、科学技術の高さからは予想できないほど、魔法技術は未発達だった。一部、魔力で動く機械も存在するが、大半は魔力以外で動く構造になっている。そのせいで科学技術は魔法技術にとっていまだに未解明で不可思議な領域が大量にある。単純な話だが、科学技術の水準の高さも、解明を阻む大きな理由の一つだ。
「アヴァン ・・・ ・・・ 。ということは、この都市にある遺跡の調査書ですね」
 表紙をめくると次からは軽い小説並みの分量が書かれている。ざっと見ただけでも、かなり詳しい内容が書かれていることが分かる。
 いいのか。こんな重要機密っぽい内容、私なんかに読ませても。
 私が想像するに、こういう重要そうなものを見せられて大概の女の子は喜ぶのだろう。自分が憧れの相手に『特別扱いされている』と思ってだ。
 しかし、そのとき私の心の内で湧き起こったのは、恐怖に近い嫌な予感だった。虫の知らせ、というやつか。さっき守羅の顔を思い出したことが、前兆のように感じられた。
「実は先日の調査予定会議で黒将守羅君、彼に、調査隊の一員として参加してもらうことになったんだ」
「守羅にですか」
 予感が的中したように守羅が話題に登場した。心の奥底で不安が大きくなり、胸の奥で理解が及ばないもやもやが膨れ上がる。
 それにしても調査隊員に選ばれるとはたいしたものだな、守羅も。成績優秀で、あちこちの研究所や企業から引く手あまたとは聞いていたが、地下遺跡の隊員といえばエリートの集まりではないか。
「前々から将来有望な若者に良質な経験をつませる方法は模索されていてね。それの第一段階として、今回の彼の参加が決定したんだ」
「それは名案ですね」
 素直な答えを私は返した。驚いたとはいえ、守羅の能力を考えれば順当な出世である。
「そこでね。彼の提案でもう一人参加する人物を決定したんだ」
「 ・・・ ・・・ はあ」
 じんわりと背筋に冷たいものが走る。
 あれ、なに、この話の流れ。
「彼に推薦してもらった人物というのが」
 大全教授の言葉と並行して、私は書類の中にその一文を発見した。

木之本ふぶき 黒将守羅の推薦により調査隊員への追加を検討する

「君なんです。木之本ふぶきさん」
 ・・・ ・・・ はい?
「驚くのも無理はない。だから、すぐに答えを出してもらう必要はない。期日を含め詳しい内容は書類に記載されているから、返答や質問があれば私か担任に知らせて欲しい」
 私が大全教授の言葉をちゃんと聞き、理解できたのは、紛れもなくさっきから続いていた予感のおかげだ。言われることを予測し、戦々恐々しながらも聞く構えができていたのが幸いした。
 正直な話、すんごく参加したくないのが本心なんだけど。推薦、となれば余計に行きたくない。
 自分の実力で隊員に選ばれるのなら別に問題はない。
 この世界で一握りの人間しか目にすることができない科学技術の結晶。遺跡、遺産、それはロマンスの塊だ。そこに辿り着こうとする動機は人それぞれだが、私の場合、護衛騎士だった父への憧れが理由になる。だから、まあ、厳密に言えば遺跡の中に入ることが目的ではない。遺跡に入る人たちを守る存在になることが私の夢だ。
 けれど、今の私の実力がどの程度なのか、自分自身でよく理解している。悲しいかな、私の実力では調査隊に入ることなど、夢に見ることもできない話だ。
 参加したくないわけではない。けど、参加するなら自分の実力で権利を勝ち取る。研究者として遺跡の中を見るだけなら、極端な話実力は必要ない。推薦で誘われようとウェルカムだ。
 でも、私が目指すのは護衛騎士。絶対的に実力が必要になる立場。だから、誰かの推薦で参加するなど、言語道断だ。
 言語道断、なんだけどなあ ・・・ ・・・ 。
 書類を読めば読むほど、私の中で遺跡への好奇心が湧き上がる。
 行きたいな。行きたいな。
 だって科学技術よ?今までに見たことがない世界よ?教科書や専門書や魔法書で『伝説の世界』だとか『大部分が未解明の不可侵世界』とか言われてる遺跡よ?ロマンスと、夢と、希望がいっぱい詰まっているのよ?
 即効推薦を受け入れ、参加したい。
 ああ、私って意志弱いなあ。
「少し ・・・ ・・・ 考えさせてもらえますか」
「もちろん。いい返事を待っていますよ」
 にこやかに微笑みかけてくれる大全教授に一礼し、私は退出した。
 外に出ると冷気が頬に触れ、自分の体温の高さに気付いた。室内の暖房と、緊張と興奮で予想外に体温がひきあがっていたようだ。
 冷気に体温を奪われるにつれ、思考が落ち着きを取り戻す。
 頭の中で一つ一つ、部屋の中での会話を思い出しながら、自室を目指し歩き始めた。
「遺跡の調査、か」
 胸の奥で心臓が静かに高鳴った。
 喜びで口に笑みが浮かびそうになるのを必死にこらえながら、歩みが早足になりそうになるのをこらえながら。
 ああ、いいな。
 ああ、楽しみだな。
 一通り、遺跡に入ったこととか、それについて会話することとか、夢想しつくしてから一息ついた。少し、満足できたみたい。湧き上がる衝動は落ち着き、周囲を見渡す余裕が出てきた。
 ・・・ ・・・ それにしても、この時間の廊下は不気味な空間だな。幽霊やお化けでも出てきそうだ。そんな状況に、たった一人で自分がいることに気付いた途端に胃にひりつくような恐怖を覚えた。
 日が沈み終え、半自律魔法制御の明かりだけが光源となり、廊下を照らしている。明るくはある。あるが光は淡いし、間隔が広く、歩くには問題がない程度にしか明るくない。もう十年以上学園に通っているけど、依然と改善されない廊下の暗さだ。いつもは気をつけていたのに、仕方ないとはいえ、この時間に自室に帰ることになるとは。
 さらに人気がない。学園の生徒たちはみな宿舎の自室や図書館や研究所と、思い思いの場所で過ごしているのだろう。人の姿がまったくない。
 だから怖い。すっごい、怖い。さらに寒さが心細さに拍車をかけ、ちっさい私の心を締め上げる。
 ついに私は陰鬱な雰囲気に耐え切れず、大全教授から預かった書類を両手で胸元に抱き締めて、自室を目指し走り始めた。
 耳に足音が聞こえるほどの静寂の中で。
 存在しないはずの悪意を肌に感じながら。
 焦りと、恐怖に支配され、私は走り去った。


次「謀略1」へ続く
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