只今の時刻、午前八時ごろ。
 寒くはないが、暖かくもない微妙な時間帯。
「うん。早くつきすぎたね、これは」
 真顔で、というか、馬鹿な自分に半ば呆れながら口走った言葉に。
「遅刻するよりは、よっぽどいいですわ」
 と、知世がさらっとフォローを入れてくれた。
 そうだね。
 早いほうがいいよね。
 いいよね!
 自分で自分に言い聞かせるけど、早起きになった理由を思い出すと、やっぱり子供っぽくて泣きたくなる。
 調査隊出発前日。最後の予習をしようとするものの緊張のせいで集中できないわ、諦めて早々に床につくが眠れず、いつの間にか朝になって目が覚めれば六時前。万年遅刻寸前のくせに、平時より早起きじゃないか、これ。寝坊しなかっただけいいけど、遠足に興奮して早起きした子供みたいで、やっぱり嬉しくない。
 みたい、じゃなくて、そのものじゃないか、というツッコミは禁句だからね。
「ふぶきちゃん。だいじょうぶですか? 顔色が優れないようですけど ・・・ ・・・ 」
 覇気のない私に知世が気遣ってくれる。
 顔色を窺うため顔が近い。すっごく、近い。可愛い、知世の、顔が近い!
「ありがとう。その一言だけで私は勇気りんりん100倍だよ」
「ちょっと懐かしいネタですね、それ」
 頭の先まで込み上げる熱が、体を火照らせ、鼻腔に突き刺さる。鼻血出そう。
 集合予定時間が十時。まだ、二時間くらい余裕があるけど、周囲では既に隊長格、補佐のような重鎮はもちろん、以下部隊員の人達が出発の用意を始めている。
 木製荷車の整備、備品、必需品、消耗品の数量確認、武具、防具の点検。人員の配置、数の最終的な検討。みなせわしなく走り回り、忙しそうだ。だけど、苦しそうな様子はない。むしろ、準備すら楽しんでいるように見える。静かだが、周囲の温度を引き上げるるほどの熱気が、傍から見ているだけで伝わってくる。
 せわしない彼らの姿を見ていると、私もなんだか落ち着かなくなってきた。しかし、私がしておかなければならない準備は既に完了済みだ。所有物は当日になるまでに何度も確認したし、今朝も再点検しておいた。
 することがない。 ・・・ ・・・ 暇だ。
「知世。私、変なところないよね」
「はい。何一つありませんよ」
 自分の容姿に問題はないか、改めて知世に聞いて確認をとる。その上で、自分でも何度も、上から下へ、下から上へ、視線を往復させ確認する。
 部隊に参入するということで支給された鎧。当然、新品ではないが、訓練のときに着る歴代生徒たちのお古とは違い、綺麗に手入れが行き届いている。訓練用の鎧は何度もぶつけられたり、殴られたりで、汚濁と損傷はもちろん、凹凸が激しい。もちろん、手入れはされているが、毎日頻繁に使われるせいで消耗も汚れのこびりつきやすさも桁違いだ。そのくせ頑丈にできていて買い換えられることなんて滅多にないから、損傷や頑固な汚れは歴史図のように今も残っている。
 一方、隊員用の鎧は新品の様に美しい。翼や、ハートを題材に使った装飾が、あちこちにふんだんに使われている。
 調査隊というものは一種の象徴であり、羨望と畏敬の対象、目標地点だ。学生の多くは調査隊に入隊することを夢見ている。隊員入りは、一つの実力と実績の評価の形であり、誰もが、誰に対してだろうと誇り自慢できることだ。
 それだけに、評価や名誉を汚さない所作、言動、容姿の維持、要求は当然のものとなる。過去に何度も調査隊が遺跡に入るところを見たことがあるけど、軍隊のように整列し、かっこよかったなあ。
 だから、支給品とはいえ、鎧は装飾が施され見栄え良く作られている。鎧の下に着込んだ鎖帷子は見えないよう間接部が工夫されているし、チューリップのように開いたスカートは機能より見た目重視だ。十字架の模様がいくつも入っているのが、神秘的に見える。
 それと装飾とは関係ないところだけど、腕部や脚部に金属製の鎧を装備できることに感激。訓練では革製の装備しか使わせてもらえなかったし、金額的問題で手に入れることができなかった。その点で「本物の守護騎士になれた」て感じで、とても嬉しいなあ。
 雰囲気だけなんだけどね、残念ながら。
「よ、よし。そろそろ挨拶くらいはしてくるか」
「それでは、私は授業があるので教室に向かいますね」
「うん。帰ってきたら、たくさんの思い出話と土産持って帰るからね」
「分かりましたわ。楽しみに待っていますね」
 軽く会釈をし、知世は校舎の中に戻っていった。
 知世と数日会えなくなる、か。改めて考えると、寂しいな。志望先が違うから授業で一緒になることは滅多にないけど、それ以外の時間はいつも一緒にいる仲だ。特に共同の部屋で暮らすという経験は、思う以上に深く密接な関係を構築してくれる。
 深く、密接な ・・・ ・・・ 。

『今日から、同じ部屋で生活させてもらう天童児知世です。よろしくお願いします』
『私、小鳥が大好きなんです。可愛いですよね』
『そろそろお風呂に行きましょうか。一緒に』
『ふぶきちゃん。意外と胸が大きいんですね。羨ましいな。私、全然大きくならないんですよね』

 脳内で知世との出来事が走馬灯のように駆け巡り、せりふが録音再生される。
 顔の緩みと、にやけた笑みが止まらない。
「も、もっと、深く密接な関係に ・・・ ・・・ 」
「どうかしましたか? 顔が赤いですよ、ふぶグフォッ!」
 証人抹消。
 恐ろしいことに、ピンクの妄想でいっぱいになった私の本能は、変態状態であることを漏洩防止するために、不用意に近づいてきた守羅を殴り倒していた。鼻血で軌跡を虚空に刻みながら、ノックバックする守羅の体が弧を描き、仰向けに倒れた。
「ちょ、守羅大丈夫!? 返事しなさい!」
 とりあえず鼻が潰れていないか確認する。だいじょうぶ、骨折していないな。鼻血で詰まってないし、ちゃんと空気が流れている。
 自己治癒能力強化なんて気の利いた魔法は使えないから、荷物の中からちり紙を取り出して、鼻血を止めるために紙縒りにして差し込む。証拠隠滅、いやいや、汚れを取るために、顔に付いた鼻血を拭い取る。ちょっと、しつこくこびりついているけど、まあ、目立たない、かな。
「ふ、ふぶき」
「あ、目が覚めた。だいじょうぶ? 頭痛くない? 鼻に異変はない?」
「だいじょうぶです。鼻が痛いだけで、特に問題はないです」
「そう。よかった」
 守羅が自力で体を起こした。どうやら、本当に問題ないようね。よかった、まったくもって、よかった。考えてみたら、出発前に怪我負わすとか大惨事だもんね。無事収拾がついてよかったわ。
「私より、ふぶきは平気なんですか? 赤い顔してましたが」
「あ、いや、それは、うん。別に大丈夫よ! そうね。いわゆる若気の至り? みたいな」
 別称「思春期の妄想癖」とも言う。
「 ・・・ ・・・ はあ」
 守羅は、よく分かっていない感じで曖昧な返事を返してきた。しかし、それを具体的に説明するわけにもいかないので、黙っておく。
「ところで話は変わるけどさ。あんたも朝早いね。なにか理由があるの?」
 問いかけながら、学園の敷地内に設置された時計へと目を向ける。まだ九時にすらなっていない。守羅の性格上、私みたいに眠れなくて寝れなかったり、逆に異常に早く目を覚ます、なんてこと想像できないが。
「おば様に呼ばれて、手伝いです」
 守羅はあっけなく理由を告白した。あっけなく、ていうか、隠すほどのことでもないけど。
「へえ。私も行っていい?」
「え!?」
 露骨に音程のおかしい声を守羅が漏らした。ものすごく驚いた表情で顔が凍結している。まるで、図書館で峰聯と赤大佐の訓練について話したときのようだ。
「 ・・・ ・・・ 行かないほうがいい?」
 恐々と聞いてみる。訓練が相当過酷だという話を聞いていたが、そんな人間に上に立たれると、どんな作業であろうと大変なことになるのだろうか。
「来れば確実に手伝うことになりますよ」
「確定事項なんだ、そこは」
「まあ、準備はあらかた済んでますし。そう厳しいことを要求されることはないと思いますよ。 ・・・ ・・・ 多分」
 聞けば聞くほど不穏な話だ。心配になる。
 しかし、暇を持て余したまま時間まで待ち続けるのもまた、苦痛な事実。
 それならいっそ、苛烈であろうとも手伝いに行った方が時間を潰せるし、貴重な経験になるかもしれないかな?
「私も行くわ。このまま時間まで待ってても暇なだけだし」
「本当にいいんですか?」
「いいって言ってるでしょう。あんたは口答えせず、おとなしく私を案内すればいいのよ」
「 ・・・ ・・・ 分かりました。そこまで言うのならだいじょうぶでしょう」
 一つ頷いて守羅が歩き始めた。一歩遅れ、後を追随する。
 ふと、今になって気づいたけど、私と同じで守羅もいつもとは違う外套を身に着けていた。黒地であることは変わりないけど、装飾が月や星を使用していて、さながら晴天の夜空のようだ。後衛も前衛と同じように、相応に着飾る必要があるらしい。
 それともう一つ、気づいたことがある。
「守羅。あんたの荷物はどうしたの? どっかに載せてあるの?」
「はい。もうすでに荷車に載せてありますよ」
 守羅が肩越しに振り返り、言ってくる。
「ふぶきはまだ載せてないんですね」
「さっきまで知世と話してたからね。載せてくる暇はなかったわ」
 肩に掛けた荷物を守羅に見えるよう、軽く持ち上げた。基本的な消耗品と食事、日用品は支給されるから、袋に入っているのは着替えや念のために入れた非常食と水くらいで、たいした物は入っていない。最悪、中で迷ったときの為に携帯用ランタンもあるが、未使用のまま帰れることを祈るとしよう。
 あと、審査はないが許可分類内にあれば、個人が趣味で込みこむことができるものもある。私の場合、数冊本を持ってきた。読まずにすむような旅になってくれれば、それに越したことはないんだけどね。もちろん「いい旅になる」て意味で。
「後衛も大体のものは支給されて荷物は少ないの?」
「そうですね。むしろ、薬品とか、魔道具とか、装備しておく必要があるものが多いくらいですよ」
「なるほど。媒体は身に着けておく必要があるものね、魔法使いの場合」
 薬品や魔道具は魔力の流れを制御したり、指向性を持たすことで、魔法発動を補助するためのものだ。魔法の発動加速、安定化、強化といった、様々な効果がある。また、媒体の性能を向上させると自然と特定の系統や属性に特化する傾向がある。媒体を一目見るだけで、ある程度の知識があれば、なんのために作られたものか見分けることも可能になる。
 魔法使いはこれらを即座に使い分ける必要があるため、一人一人収納方法が違っているくらいだ。収納道具には市販品もあるが、自分にあった形になるよう自作することも珍しくないらしい。  また、収納方法や媒体の種類は、手の内を敵に知られる貴重な情報源にもなるから、最重要秘匿事項の一つでもある。
 逆に、前衛はそのあたり気にするものはあまりない。図体のでかい武器や、鎧やら、傍から見て戦法がわかりやすいことが多いから。まあ、暗器とかになれば話は別だけどね。むしろ、手持ちのものより、体術や、武器に対する熟練度みたいな実際の構えを見て判断することが多いね。
「私も先に荷物置いてこようかなあ。持っていっても邪魔になるだけだよね」
「向こうにも荷車がありますし、そこに載せておけば問題ないですよ。忘れても大きな部隊じゃないので、すぐに取りに行けますし」
 そうか。部隊と言っても全員で27人しかいないんだもんね。
「それもそうかあ。ところでまだ着かないの?」
「もうすぐですよ。ほら、あの人です」
 守羅が指差す先。そこには二人の人間がいた。
 一人は長い銀髪を三つ編みにして、肩に垂らした高齢の女性。装備や装飾品に赤色が多く、それがそのまま印象に強く残るほどだ。
 もう一人は歳若い、と言っても女性に比べてで、30すぎぐらいだろう。褐色の肌と、私と同じく甲冑を身に着けた姿が猛々しい。鋭い眼差しと、血の色をした瞳が、口元からこぼれ見える鋭利な歯と、ぴんと立った獣耳と合わさって、強烈な野性味を生み出している。
 その上身長が高い。私よりも頭一つは確実に高いだろう。おかげで彼が背後から女性にヘッドロックを「かけられている」姿は、なんとも不気味で、こう言っては悪いが滑稽だった。
「顔は知っているとは思いますが、彼が黒将峰聯さんで、絞め技をかけているほうが祖母の赤恋花おばさまです。驚きました?」
「ええ。ほんと、いろんな意味でびっくりしてるわ」
 呆れていいのか、驚いていいのか、分からない。なんなんだ、この混沌とした情景は。
「あんたもあんたで、やけに冷静ね。止めなくていいの?」
「いえ、まあ ・・・ ・・・ 。止めれるものなら、私も止めたいんですけど、ね」
 守羅がどこか遠くのほうへと視線を向ける。
 現実逃避。いや、絶望と不可能を知った者が持つ悟りの境地というやつか。
「おや、守羅。来てたのか。遅いぞ」
「 ・・・ ・・・ !」
 心臓が高鳴り、思わず意識を奪われた。
 心地いいハスキーボイスと、それに似合った妖艶な双眸がこちらを向いてくる。瞳の中には、砕いた水晶を溶けた銀と合わせたように、淡い光の明滅が揺れ動く。野性的な峰聯とは違う。赤大佐から感じる印象は、天才的な芸術家が苦心して生み出した金属細工のようだ。寒気のする冷たさと、美しさが同居している。
「女、か。まさか、そいつが遅れた理由じゃないだろうな?」
「彼女は私の友人です。ここに向かう途中であって、一緒に来てもらったんです」
「 ・・・ ・・・ それはつまり、手伝い、か? まあ、お前が来るまでの間にめぼしい仕事は終わっているが」
 ここまで会話してようやく赤大佐は峰聯を解放した。峰聯が痛みの走る頭を抱えながら、その場に崩れ落ちる。よほど効いたらしい。頭部は鍛える筋肉がないため、万人に通用する攻撃法だ。
 けれど、赤大佐は峰聯の体の上から降りる気はないらしい。峰聯は峰聯で無理やり振り払う気はないらしい。不機嫌そうな表情を浮かべているが、そのままの体勢でじっとしている。抵抗しない、というより、できない、というほうが正しそうだ。
「だから、もう手伝ってもらうようなことは何もないな」
 赤大佐の言葉に守羅がこっそりと息を吐いた。口先を少しすぼめ微かに息を吐くほどの、溜め息、だろう。やっぱり、赤大佐からどんなに過酷な手伝いを強いられるか、内心では戦々恐々していたんだな。
「そういうわけで峰聯。早速だが追加の仕事だ。時間までこいつらの相手をしていろ」
「なんで俺がそんなことしないといけないんだよ ・・・ ・・・ 」
 赤大佐が片手を峰聯の頭の上に乗せた。優しい仕草だ。母親が子供の頭を撫でてやるような、そんな様相。
 と、思いきや手に赤い魔力が吹き上がった。
「相手を、しろ。さっきのヘッドロックではすまなくなるぞ」
「てっめえは。ほんっと力尽くでしか物事を進める気はないのか。 ・・・ ・・・ 分かったから体の上から降りろ」
「そうかそうか。よしよし、降りてやろう」
 やたら横暴な言動で赤大佐は立ち上がった。不思議なことに、そのわがままなところに、いやったらしい雰囲気がない。若く、横暴なお嬢様を彷彿とさせる清々しさがある。56にはとても思えない若々しさだ。
「それじゃしっかり案内してこいよ。私はここで時間までのんびりしているからな」
 ひらひらと片手を振る赤大佐に送り出され、私と守羅は峰聯に導かれるまま、その場を離れた。
 肩越しに振り返るとティーカップを片手に、隊員の一人に紅茶を注がせている。ほんとうに自由奔放だな。
「案内っても大して見るもんもないけどなあ。ドームのほうはもうとっくに見たよな?」
「はい。入学して以来、授業でも、趣味でも、何度か見に行きました」
 ドームというのは、遺跡への入り口を隠し、人払いするために建築されたものだ。半円球状で、高さも面積も二階建ての一軒家並の大きさがある。まあ、大きいと言われれば大きいし、小さいと言われれば小さい、という微妙な規模だ。外壁は、ドームにかけられた多数の魔法式を隠すため、黒一色に塗り固められている。昼だと虚空に穴が開いたみたいだし、夜だと闇に溶けて消えるので、生徒の間では怪談のネタになるほど不気味な建物扱いだ。怪談ネタは別にして、前者二つは事実だから否定できない怖さがある。
 それでも、その奥にある遺跡を夢見て、何度か空いた時間に見に行ったんだよね。
「んじゃ、荷車でも見せるか。ついでに荷物載せれるしな」
「荷車 ・・・ ・・・ ですか」
 私の微妙な反応を察知し、峰聯が肩をすくめた。
「そう腐るな。荷車の中身は道中必要なものが満載してある。直接、荷物の分配に関わらないにしても、一度見ておいたほうがいいぞ」
 そんなものだろうか。自分が分配に関わらないのなら、別に見ておく必要もない気がするんだけどなあ。
「荷車は人力なんですよね」
 そんな私の心の愚痴をよそに、守羅は真面目に考えているようだ。運用の確認のための話を始めている。
「遺跡の中は亡霊だらけだからな。魔法が決定打になるから、魔法使いには力を温存してもらう必要がある、てわけだ」
「しかし、前衛が足止めをする必要もありますよね? 問題はないんですか?」
「荷車は今回は五つ。うち四つは荷車一つにつき一人が動かす手はずになっている。今までやってきた方式だから、そこに問題はねえよ。それに、よほど大型の亡霊が出ない限り、前衛が苦心することもないさ。大概は、適当に魔力を放散しているだけで近づけないようなやつらばかりさ」
「四つは前衛の方が動かすとして、最後の一つはどうなるんですか?」
「それはだな ・・・ ・・・ 」
 峰聯が視線を動かした。私たちもそれに倣い、目の向きを変える。
「持ち主が自分で移動させる、だとさ。よっぽど大事なものなんだろ。大全教授なら、ま、心配ないだろうと許可も出てるしな」
 視線の先には四台の荷車と、少し離れた場所に最後の一台が置かれていた。どれも大きさは大差ないようだ。あちこちを金属部品で補強され、頑強な構造になっている。荷物の上には魔法式を描いた布が被せられている。盗難や、亡霊の憑依防止のためだろう。特に後者は、憑依した荷物の周囲にまで被害が及ぶ危険があるから、確実に防ぐ必要がある。
「大全教授の荷車は、あの離れたものですね?」
「そ。なんでも研究に必要な機材だとかで、結構な重量があるらしいぞ。それに貴重なものらしいから、教授自らが運ぶんだとさ」
 気負いのない様子で峰聯は大全教授の名前を読んだ。軽薄、というほどではないが、目上の相手だからといって特別、気にする性格ではないようだ。
「しかし、機材、ね。やっぱり魔法関係なのかな? 見る限り、大きいみたいだけど」
 他の荷車と比べてみると、被せた布の膨らみ具合が明らかに違うことが分かる。大全教授のものは、より凹凸があって、とげとげしい感じがある。さらに布の上から何重にも鎖をかけて固定してある。一体何なんだ、あれは。
「まあ、気にしても仕方ないだろ。会議でも報告しなかったことだ。聞きに行っても教えてくれないさ」
「? 会議のときに許可を取ったんじゃないんですか?」
「いんや? なんでも、内密に許可を取ったものらしい。相当貴重な機材だから、だとか。赤大佐から言われなきゃ、俺も知らないままだったよ」
「内密に、ねえ」
 なんだか怪しげな荷物だな。けど、教えてもらえないんじゃ気にしても仕方ないか。
「ほら、いつまでも見てないでこっち来い。荷物の内訳説明するからな」
「はい。ふぶき、行きましょう」
「う、うん」
 そのとき、脳裏になぜか一ヶ月前の大全教授の部屋に行ったときのことが蘇った。
 廊下で感じた暗闇。不気味さ。不安。恐怖。そして、悪意。
「まさか、ね」
 不穏なイメージが終着する先。それを頭を振って打ち消すと、守羅に引き込まれるように、私は峰聯の近くへと駆け寄った。


「少女の物語8」に続く
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