突然だが、君は『運命』というものを信じるだろうか?
 『運命』だ。よくマンガや小説や、そういったものに登場する程度 の意味でいい。主人公には神様の加護があって必ず勝利するだとか 、世界中に散らばった仲間が旅の間に全員勢ぞろいするだとか。そ ういう、ご都合主義の塊のようなものさ。物語の内容としては、 陳腐で、幼稚で、使い古された手法だ。
 ここまでこき下ろしておいてなんだが、オレは運命というものを 信じている。そう、ご都合主義の塊のような、その神秘的な、超現 象的な力を、だ。こんな話をすれば同僚も友人も、みんなそろっ てオレが冗談を言っているのだと思うだろう。本当だと説得まで すれば、怪訝な顔をしたり、疲れているのだろうと言い、休日を とることを薦めるに違いない。
 中には信じてくれる人間もいるかもしれない。逆に不気味がり、 病人扱いする人間もいるかもしれない。その気持ちはよく分かる。 運命なんて今時誰も信じちゃいないんだろう。
 なぜ信じないのだろうか。簡単な話だ。彼らに運命の『加護』 がないからだ。人間は実体験がないことをそう簡単に信じようと はしない。損得関係で実体験を否定したり、実体験がない幻を肯 定することはある。宗教がまさにそうだ。だが、そういう状況は 一般的だろうが、万人に当てはまりはしないはずだ。多くの人間 は運命の力を実体験したことがなく、故に運命の力を信じない。
 だがオレは信じている。運命を。
 なぜならオレにはあるからだ。オレを『守る』運命の力が。
 最初はオレが十歳のときだ。学校の授業で球技をしているとき事 故が起こった。ありふれた『事故』だ。一人の生徒が打ったボール を、守りにまわっていた生徒が受け損ね頭にぶつけた。
 ボールは拳ほどの大きさだ。大きくはないが強度があり、高さが あれば人骨を砕く破壊力を持つ。それだけなら変わり映えのない 話で終わっただろう。ありふれた、とは言わないまでも、そう特 別視する話ではないはずだ。
 これがオレの中でも今も残っている理由は、球を受け損ねた生徒 が当たり所が悪く死んだからだ。即死だった。当然だが生徒たち に直接死因の話は教師からされなかった。無闇に悲しませたり、 怖がらせたりしないための配慮だろう。
 オレの調べでは、受け損ねた生徒は頭蓋骨が陥没し、脳が潰れた ことが死因だと判明した。ここからが話のキモだが、俺が驚いたの は死因より当事者二人の関係だ。死亡した生徒は当時オレをいじめ ていた男だった。そして、球を打った女は男の恋人だった。
 いじめのリーダーがいなくなったことで、以降オレがいじめられ ることはなくなった。
 話はこれだけではない。男が死んだのと同時期、オレの両親まで もが死んだ。これが二度目だ。死因は流行病だ。
 オレはそのことに、悲しみも、恐怖も、同情も、感謝も、何も抱 かなかった。既に二人に対してオレは愛を感じてはいなかったから だ。
 母はろくでもない人間だった。快楽のために生きるだけのどうし ようもない女だ。堕落し、浪費癖が酷く、毎晩老若男女問わず、人 に抱かれるために町へと繰り出した好色家だ。オレができたのはそ のときらしい。だから本当の父をオレは知らない。唯一つ確実なの は、法律上の父、つまりは母の夫が父ではないことだ。理由は分か らないが、母は父に抱かれることは決してなかったという。オレは 本当の父の顔すら知らないが、まあ、それも今となっては別にいい ことだ。事実を知ったときは悲しかったが、この世界の理を教えて くれた思えば、むしろありがたいくらいに思える。
 理。この世に他人に対する愛など存在せず、自分を守るために人 間は生きている。利己的で、独善的に、自分の欲望と野心のために 人間は生きている。
 それが唯一無二の現実だ。血が繋がった家族だろうと、関係は ない。
 死んだ生徒も、親戚も、母も、父も、その点では全員同列で変わ りはない。
 父親はオレにとって模範的人物だ。父親は自らの体裁のためだけ に母親と離婚しないでいた。俺を育てていたことも同じだ。全ては 自分を守るためであり、オレや母親を愛していたからではない。そ のことを間違っていたとは思わない。納得がいく、当然の理屈だと 思う。
 両親が死ぬと莫大な遺産がオレに入った。三度目はオレに近づい てきたクズどもが死んだことだ。遺産にたかるハイエナどもも、両 親と同じように流行病で、あるいは寿命で、事故で、死んでいっ た。親戚全員が死んだわけではない。ただ、死んだ親戚どもが全員 借金があったり、浪費癖が激しかったりと、何かしら金に困る理由 があったことは事実だ。オレのところに群れ集まった金の亡者たち は、全員オレが手を下さなくとも死滅したというわけだ。
 それからのオレの人生は当然順調なものだった。
 全ての邪魔者はオレ自身が、あるいは運命の力が抹消した。我が 身を滅ぼす災難が降りかかることは決してなかった。災難そのもの が抹消されるのだから。仮に災難と思える出来事も、結果的に見れ ばオレをより高みへと押し上げるための踏み台だった。
 今もそうだ。腹に二発、右腕に一発、左足に二発、弾を食らい崖 下へ落下した。爆発の傷も完治せず残っている。骨がきしみ、肉が 破壊され、這い回るだけで体力を無駄に消耗させる重症だ。
 さらに、オレのいる場所は薄暗いダクトの中だ。大人一人が入れ ば移動すら難儀になるほど狭い。数ミリ動くたびに体が壁面に触れ 、苦痛で脂汗が流れ落ちる。憤まんと、傷を負わせた者達全員への 憎悪が腹の中でとぐろを巻き上げる。
 だがオレは生きている。
 奴らはオレが死んだと思っているだろうか。崖下の川は既に調査済 みだから、生きている可能性を考えているに違いない。なら、奴らは オレの生死を疑っている状態のはずだ。疑心暗鬼に違いない。
 それが、非常に良いことだ。怪我も、崖下に落ちたことも、災難で はなくなった。疑惑は隙を生む大事な心のくびきだ。それはほんの少 しの差かもしれない。髪の毛ほどかもしれない。けれど、その差は必 ず最後に勝敗を分ける分岐点になるはずだ。
 気付かれないよう治療魔法は最低限の出力だ。止血は完了したが、 痛みはオレに傷を負わせたものたちが持つ微々たる価値ほども和ら ぐことはない。止血剤の効果も切れてしまった。体を動かすたびに 激痛が起こる。傷口をムカデが這いまわり、無数の足で無神経に引 っかいているようだ。痛みが傷口から憤りへと姿を変え、広がり、 背筋を上り、頭の中に突き刺さる。
 まったく忌々しい。
 だが、苦労してここまで来ただけの価値は十二分にあった。
 空気が狭いダクトと部屋の間を循環するための隙間。ダクトの幅 ぎりぎりまである五列並んだ細長い隙間だ。そこを通して部屋の中 を見ることができた。ダクトの中が暗いため、眩しいほど鮮明に差 し込む光を見ることができる。ゆっくりと、徐々に目を明るさに慣 れさせながらオレは部屋の中を覗き込んだ。
 恋花はガキ二人とここで合流していた。遺跡側の機械も何体か見 える。
 そして予想通りの展開になっていた。眠り続けていた『遺跡の主』 が目を覚ましている。どうやら女らしい。司令室の最奥にある人間の 子供大もある宝石がエメラルド色の光を発していた。
 女の話によると、どうやら遺跡は兵器を収容するため設立された 施設らしい。大人のイノシシ大もある機械とは別に、巨大兵器が二 体残っているという。初めてここに到達してから四十年間、主が眠り 続けていたせいで到達できなかった領域にあるらしい。
 魔法が発達する以前に存在した科学技術隆盛期の巨大兵器。いっ たい、どれほどの力を持っているのか想像もできない。滅んだ理由 は分からないが、地中や水中に科学技術の遺産は今でも世界中に点 在している。
 機械はいまだに未解明な領域の上位種のひとつ。手に入れれば確 実に強大な戦力となる。数十年前に手に入れ改造した人型機体だけ で恐ろしい力があった。人の肉を裂き、骨を砕き、えぐり、潰し、 切り刻み、穿ち、引き抜き、剥がし、破壊し、殺すことができた。 魔法がなくとも、攻防系を使用した半獣人以上の力があった。
 それが、巨大兵器、だと?
 欲しい。手に入れれば、オレは無敵になれる。
 きっと、絶対にだ。
 そのときオレは体の内側から込み上げる感覚に戦慄した。
 ここから奴らの只中に飛び込みたい、という衝動だ。
 オレの中で渦巻くどす黒い感情を、八つ当たりのごとく叩きつけ、 全員破壊し、殺したい。
 運命の力はオレを守るだろうか。それともオレはあっけなく殺さ れ死ぬのだろうか。奴らは、少なくとも機械と恋花はオレを確実に 殺す気で戦うはずだ。本気で襲い掛かってくるに違いない。すでに どちらも実証済みだ。ガキ二人のほうは分からないが、敵対すること は確実だろう。この怪我で全員を相手することは普通に考えれば無謀 だ。
 無謀。
 だが、オレには確信がある。運命の力が存在する。だからオレは 死ぬことはない、決してだ。
 まずはダクトに人一人が通るために必要な穴を開けなければならな い。隙間の傍に指を走らせる。母親が娘のためにピアノの鍵盤に指を 走らせる愛おしさと優しさで満ち満ちた仕草でだ。
 口の端を吊り上げて、喜悦をあらわにしてオレは微笑んだ。万が一 の策も既に行ってある。保険のつもりでかけておいたが、こんなと ころで利用できるとは。
「私は、私のためだけに行動する。私が、この世界の頂点に立つた めに、私は闘争を行う。全ての邪魔者は抹消し、愚民どもの上に君 臨するのだ。この野望を完遂するためだけに、私の作戦の全ては存 在する!」
 宣言と共にオレはダクトに風穴を開け、栄光ある勝利へと踏み出 した。

次「少女の物語1」へ続く
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